だけど…。

それで俺は納得できるのか?
また同じ事を繰り返さないか??

きっと繰り返す。
そしてまたのだめを悲しませるんだ。

彼女を本当に手に入れない限り俺は何度だって繰り返す。
のだめの気持ちを疑って。

大きく息を吐き出し、天井を見上げた時チャイムが鳴る。
今は来客の相手なんてする余裕はない。
だけど少しの間の後、躊躇いがちに鳴らされた2回目のチャイムに重い腰を上げた。

誰か確かめる事も無くドアを開ける。
開けた先にいた人物に一瞬俺は目を丸くしてそして少しだけ口をポカンと開けてしまった。

「あぁ、よかった今日は帰ってたんだ?」

ドアの外にいたのは少し大人しそうな、とても人の良さそうな青年だった。
そして俺がよく知る男。
「く、黒木君!!?なんで??フランスじゃあ…。」
目を丸くしてここにいないはずのない黒木君を見ると、彼は照れたように笑った。
「先月帰って来たんだ。この近くのケーキ屋さんで就職できたから先週ここに引っ越してきたんだよ。」
「え?もしかして…」
「うん。隣。めぐみちゃんに聞いてない??あ、なんか内緒にして驚かせましょうって言ってたっけ?」
彼のはにかんだような笑みに俺は鈍器で殴られたような衝撃だった。

黒木泰則は俺の高校時代からのクラスメイトで大きな貿易会社の社長の息子だ。
だけど本人は洋菓子職人になりたいと言って大学を中退してフランスに留学した。
高校時代から峰と共に俺と仲の良かった友人の一人だ。

当然、のだめとも知り合いで…。

のだめの親友のターニャの主人。

「ターニャは?」
「今日は母さんが一緒に食事したい言って出かけてるよ。」

俺は一気に力がぬけて玄関のドアに手をついた。
「めぐみちゃんは?」
「あ…部屋にいるかな…。」
「今日僕が作ったケーキを持ってきたんだけど食べてくれた??めぐみちゃんに2人で食べてってお昼ぐらいに渡したんだけど。」
「あ。ごめんっ。あれ俺の不注意でダメにしちゃって…。」
本当に申し訳なくてそう言うと黒木君は苦笑した。
「あはは、そうなの?また持ってくるから感想聞かせてよ。」
「うん。ありがとう。ほんとうにごめん。」
「いいよ。千秋君に挨拶しようと思ってたのに忙しいみたいでなかなか会えなかったから会えてよかったよ。またお隣でよろしく。ターニャもめぐみちゃんと隣同士で嬉しそうだし。」
「ああ、こっちこそよろしく。俺はいないことが多いから…、黒木君やターニャが近くにいてくれるとほんと助かるよ。」
俺の言葉に黒木君は笑う。
「ほんとに千秋君って変らないね。めぐみちゃんのこと大事でしょうがないんだ。めぐみちゃんもそうだけど。」
黒木君の言葉に俺は彼を見つめた。
「あ?のだめも?」
「そうだよ。会うたびにいつもいつも千秋君の話ばっかりだよ。好きで好きでしょうがないってのがほんと微笑ましいよね。」

笑う黒木君と少し話して今からターニャを迎えに行くという黒木君が帰ると俺はドアを閉めた途端に走り出した。

目指すはのだめの部屋。

俺はバカだ。

いつも気づく。

のだめは俺が好きだっていつも言ってくれている事を。

躊躇いがちにノックすると小さな声が聞こえた。
ドアを開けるとそこらじゅうに色とりどりの服や下着が散らばっていた。

「のだめ?」
その真ん中でほとんど裸状態ののだめが座り込んでいた。

慌てて走り寄って顔を覗き込むと嫌々と首を振る。
その瞳は濡れていて頬には涙の跡がいくつも付いている。

最悪だ。
こんなに泣かせて。

「ごめん。のだめ。」
「う…っ。ひくっ。」
「ごめん。怒鳴って命令してごめん。怖かったよな。」
抱きしめて何度も何度も頬を撫でる。
するとのだめは体の向きを変えて俺に抱きついてきた。

「ごめんなさぃっ。」
「っ、おまえは悪くないだろ。」
ぶんぶんとのだめは首を振る。
「ご主人様がせっかく買ってきてくれたのに…。のだめ、どんなお仕置きでも受けますからイラナイなんて言わないでっ。」
「イラナイなんて言うわけ無いだろっ!!あれは俺が捨てたんだからお前は何も悪くない…。だからお前が謝る事なんて何も無い。俺が悪いんだから。」
「でも…。」

涙に濡れたのだめの顔を覗き込む。

「お前をいらなくなるときなんて無い。俺にとってお前が一番の宝物なんだから。」

のだめは大きく目を見開いて俺を見上げた。
「名前呼んで?」
「ご主人様?」
「違う、名前。俺の。」
「し、真一君?」

躊躇いがちに久しぶりに呼ばれた名前に俺はホッと息を吐く。

「俺は恵が好きなんだ。」
「のだめは真一君が好き。」

「一緒だ。」
「うん。」

のだめはコクンと頷く。

「俺は主人としてお前が好きなんじゃない。メイドのお前が欲しいんじゃない。千秋真一として野田恵が好きなんだ。愛してるんだ。」

「だからお前が他の男と仲良くてたら耐えられない…。自分勝手だけど。」

俺の言葉にのだめは何度も首を振る。

「うれしー。」
そう言って泣きながら抱きついてくる。
「おまえは?」
「のだめもご主人様じゃなくても真一君が好きだよ。真一君だけデス。」

だから嫌わないで。

とのだめは言う。
嫌うはずなんてないのに。

「今の俺の言葉聞いてた?」
「ハイ。」

「じゃあ俺の恋人になってください。」

 

「ハイ。」

 

 

 

やっと。
やっと手に入れた。

世界で一番ほしかったものを。

 

 

++++++++++
「で、なんでこんなに部屋散らかってんだ?」
のだめを抱きしめながら部屋の惨状を見渡す。
すぐ傍に落ちていた白い布を掴むと小さな紐パン。
「ご主人様はエチが好きだからお気に入りの下着を着てぎゅっとすれば喜んでくれるかと思って。」
ニコニコとした顔で言うのだめに俺はがっくりと頭を落とす。
「おい…。」

「だめデスカ?」
「あー、もういいや。なんでも。」
「?」
「お望み通り機嫌を直してやるよ。」
「ふお?」

そのままのだめの唇を塞ぐ。
そうしてやっと手に入った確かな温もりを抱きしめた。

end