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恋愛に必死になれるヤツは信じられない。
振り回したり、振り回されたりしんどい事ばかり。
わざわざ他人のことで気を揉んだり何が楽しいんだ?
俺はちょっとも興味がわかない。
そんな面倒な事に時間を割くくらいなら自分の事をしている方がどれだけ有意義か?
そう俺は思っていた。
ほんの数時間前まで。
面倒ごとは大嫌い。
恋愛なんて面倒ごとの最もたるものだ。
それに自ら足を突っ込むなんてする筈はなかった。
自分で言うのもなんだが昔からそこそこ女にはモテた。
適当に付き合った事もある。
だけどどれも3ヶ月がいいところ。
最短は2週間だったな。
女の最後の台詞はだいたい同じ。
「私のこと好きじゃないのよね?」
それに対する俺の答えもいつも同じ。
「好きじゃないって最初から言ってるだろ。」
それでも付き合いたいと言うから付き合ったのにどの女もそれを理解しない。
最後の最後はお決まりにビンタを食らわせられる。
それでこの面倒な場面から脱出できるのならといつも避けられるのにワザと叩かれてきた。
話し合うなんて面倒。
それならさっさと去ってくれ。
そんなやり取りに嫌気が差してここ1年は女には手を出していない。
そんな俺が。
なんでだ??
自宅のマンション。
もちろん今まで女なんかあげたことない。
ついでに言うと寝室のベッドの上。
腕の中にはあどけない寝顔の女。
出会ったのは6時間前。
自宅に連れ込んだのが3時間前。
キスをしたのが2時間半前。
ベッドに押し倒したのが2時間前。
今まで処女なんて相手にしたこともなかった。
面倒だったから。
だけど腕の中の少女みたいな顔をして眠る女は処女だった。
恥ずかしがって、怖がって、緊張で体が硬くて。
面倒ごとのオンパレードだったのに、俺は辛抱強く甘い言葉を囁いて時間をかけて体を柔らかくしてやった。
考えられない。
たぶん、俺を知るどんなヤツでも言うだろう。
本人が一番信じられねーけど。
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「千秋、頼む。」
目の前で手を合わす金髪は峰。
同じ医学部の同期だが、なんで医学部にいるんだ?と思うほどアホ。
勝手に人のことを親友と呼んで、何度怒鳴っても止めない迷惑者でもある。
そして今日も迷惑ごとを持ってきた。
俺は面倒ごとが嫌いだ。
それは峰もよく知っている。
なのに敢えて俺のところに来るという事はけっこう切羽詰っているのだろう。
…だからと言って助けてやるつもりはまったくないけれど。
峰の頼みは、看護科の女との合コンに出ること。
俺が一番無駄と思うことを頼みに来るというのはバカを通り越して呆れすら感じる。
「嫌だ。」
医学書を片手に峰を見ることなく言い切る。
「マジで頼む!一生のお願い!!」
「煩い。」
「おまえが来るならって、言われちゃったんだよー!」
「そんな出来ない約束するからだろ。自業自得だ。さっさと断りの電話でもするんだな。」
片手で眼鏡を押し上げる。
こんなバカバカしい話にもう時間を割く気はない。
論文の提出も迫っているし、試験だって近いのだ。
「ぢあきー、そう言わずに助けてっ!!」
「…さっさと静かにしないと殴るぞ。」
俺の腕にまで縋ってきた峰を振り落とそうと躍起になっていると目の前の席に人が座った。
そしてクスリと笑われる。
顔を上げた瞬間俺は後悔した。
名前は知らない。
最近やけに俺に纏わりついてきてうるさい女。
同じ医学部らしいが特に興味もないのであしらっている。
その女はニコニコと無邪気そうな笑みを浮かべている。
ああ、気持ち悪い。
この一見無害そうな笑みに何人の男が騙されているのだろう。
別にどうでもいいがその意図的に作られた媚びた笑みは過去の女達と同じだった。
男はみんなこの表情が好きだと思い込んでいるのだろうか?
他の男は知らないが、俺には気持ちが悪いだけで嫌悪感が増すだけだった。
「峰くんと千秋くんって意外な組み合わせだよね。」
ニコリと笑みを強くする。
確かに整った顔立ちの女に峰がポカンと見惚れている。
ああ、こういう単純なヤツが騙されるんだなと思い峰の頭を叩いた。
それによって正気を取り戻したらしい峰はどもりながらも一生懸命女に話し掛け始めた。
そんな峰の言葉に適当に相槌を打ちながら、女はチラリチラリとこちらを見てくる。
困ったの。
そう言いたげな視線。
バカバカしい。
荷物をまとめ、席を替わろうとすると女の手が伸びてきて俺のシャツを掴んだ。
「あ、千秋くん。よかったら今日ご飯でも食べない?」
目を潤ませて上目遣いに見上げてくる。
最悪だ。
「峰。」
「な、なんだ??」
「今日、合コン出てやるよ。」
「え??」
それが俺の答え。
「あとで場所連絡しろ。」
「おい、千秋!!?」
後ろで峰の慌てた声が聞こえたが振り返ることもなくその場を離れた。
それが合コンなんていう馬鹿げたモノに参加した経緯。
数時間後俺は峰に指定された店の前に来ていた。
集まっていた奴らは俺を見ると少し驚いた顔をしていた。
まぁ、無理もない。
こういうもんに俺はめったに行かないし。
峰は俺を見つけると少しだけ顔を顰めた。
「あの子、かわいそうだろ。」
なんてありきたりな言葉とともに。
それを俺は無視して辺りをぐるっと見回した。
知った顔も何人かいたが結構な人数らしい。
女は看護科らしいのでまったく知っている顔はいなかったがこちらをチラチラと伺う視線にすでに疲れてきた。
とりあえず無視だな。
誰とも話さず、飲んで帰ればいいだけだ。
そう思ってため息をついた時、少し高めの声が響いた。
「みーねーくーん!!」
あまりのデカイ声に一斉にその場にいた全員がそちらを向いたほど。
声の主はすぐにわかった。
小柄なワンピース姿の女。
女というよりは女の子という方が正しいようなそんな子が転がるようにかけてきて峰に抱きついた。
一種の嵐みたいなもんだ。
ポカンと俺が見ていると峰は慣れた様子飛びついてきた女の子を抱きとめ、そのままぐるんぐるんと二回転した。
「おー、のだめ来たか!」
「はーい!ごはんいっぱい食べれるデスカ??」
「おお。好きなだけ食え!」
類は友を呼ぶ。
似たもの同士。
電波系同士で気が合うのだろうと無理矢理納得させた。
「あ、千秋。こいつ看護科の野田恵。のだめって呼んでやってくれ。」
峰は女の子を下ろすと引っ張ってきて俺の前に立たせた。
「のだめデス!!」
ニコリと笑った。
俺はその瞬間時が止まったような気がした。
顔がものすごく特別かわいいって訳じゃない。
だけど彼女が笑った瞬間俺はその笑顔に釘付けになってしまった。
血が逆流するような感覚。
作った笑いじゃない。
誰に媚びることもない、素のままの無邪気な笑み。
その笑みに目が離せなくなった。
それから俺は居酒屋にいる間も落ち着かなくて仕方がなかった。
少し離れた席に座る彼女をチラチラと伺ってしまう。
いろんな女に話し掛けられたけれど、全然相手にすることもなくただ彼女の笑顔を見ていた。
彼女の笑みは誰もが気に入るようでいつの間にかいろんな男が彼女に話し掛ける。
それに俺はムカムカする。
なんだこれ??
ついさっき会ったばかりの女をなんでこんなに気にする??
訳がわからない。
だけど、あの笑顔を他に見せたくない。
感情論で動くのは嫌いだ。
だけど俺はこの時ばかりは計算なんて出来ずにトイレから戻ってきた彼女を横になんとか座らせた。
みんな酒が入っているからかそれを気にするヤツもいない。
隣を見るとひたすら食べ続ける彼女。
「よく食うな。」
「らって、食べ溜めしとかないとタダご飯食べれる時なんてそうそうないんデスヨー。」
むぐむぐと口を動かしながら喋る姿は小動物。
まるで頬袋いっぱいに食べ物を詰め込んだリスみたいだ。
「食うの好き?」
「好きデス!」
「甘いものは??」
「大好き。」
にぱっと笑う顔に思わず笑みが漏れる。
かわいいな。
女をそんな風に思ったのは初めて。
唇についたカスをとってやる。
「…うちにさ、母親がフランスに行った土産のお菓子があるけど食いに来る?」
気が付いたらそう言っていた。
その一瞬のあと彼女は蕩けるような笑みを浮かべた。
「食べたいデス!はぅーフランスのお菓子!!」
あまりに幸せそうに顔を緩ませるから、俺の頬まで緩んでしまった。
そして会がお開きになるとそれぞれ散っていく。
何人かに声をかけられたが行くつもりはさらさらなかった。
目の前には幸せそうな彼女。
峰達には家が近いから送ってくと言い、彼女と2人でその場を離れた。
よほどフランスの菓子が食べれるのが嬉しいのか鼻歌交じりにご機嫌で彼女はスキップで進む。
普通男と一緒にいるんだから多少の緊張くらいあってもいいんじゃないかと思うが彼女はちっともそんなことは気にならないらしく実に楽しげだ。
そして俺は初めて女を部屋に入れた。
広いデスネーなんて暢気にはしゃぐ姿に苦笑しつつテーブルにいろんな菓子を出してやるとそれを幸せそうに頬張り出した。
その姿をエスプレッソを飲みながら見つめる。
ただ見ているだけなのに満たされているような時間。
女と一緒にいてこんな気持ちになるなんて。
俺が戸惑っている間もあれだけメシを食った後にもかかわらず菓子も綺麗に完食し、満足そうな笑みを浮かべていた。
ソファーに移動しココアを入れてやると嬉しそうにそれを飲む。
その頃には戸惑いもなんだかなくなり、ただこのかわいい生き物を自分の物にしたいと思い始めていた。
それにはどうするべきか?
「なぁ。お礼もらっていい?」
「ほえ、お礼デスカ??…のだめお金持ってマセンヨ??」
「金はいらねー。」
「じゃあ、何デスカ?」
「…キスとか?」
「チュー??」
「そう。」
「でも、のだめ。初チューは恋人とってきめてるんデス。」
「じゃあ、俺が恋人になってやるよ。」
とんでもないことを言ってる自覚はある。
目の前の彼女もキョトンとしているし。
「のだめの事好きなんデスカ??」
「好き…かもな。」
艶やかに濡れた唇に目がいく。
何か紡ごうと動いた唇にたまらなくなってそのまま吸い付いた。
「んっ。」
ビクリと肩が揺れたが抵抗はない。
啄ばむだけの子供のようなキスを繰り返す。
きゅうっシャツを握る手が愛しくて、そのまま細い腰を抱き寄せて少しだけ深く口付けた。
唇を離すとはぁっと甘い吐息が漏れる。
「ん、先輩はのだめのこと好きデスカ??」
小さくそう呟く声。
恋なんて無駄なものだ。
面倒で疲れる。
なのに俺は静止できない。
「…好きだ。」
一目惚れなんてこの世に存在するはずがない。
そう言い切っていた俺が自ら体験してしまった。
ただの笑顔。
それに心を全部持っていかれてしまった。
そのまま口付けを繰り返し、ぼんやりし始めた彼女を抱きかかえ寝室のベッドに2人でダイブした。
ただの性欲の処理に過ぎなかったセックス。
なのに自分の欲望を抑えて彼女を長い時間かけて解し、痛みを少しでも減らすように甘い言葉を囁いた。
今まで一度だってしたことはない。
だけどそれも苦には思えなくて、彼女がそれで感じてくれるなら何時間でも愛してやれると思った。
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「ん。」
あどけない寝顔の瞼が揺れる。
むずがるような声を出した後、彼女は目を開けた。
「はれれ??」
「おはよ。」
「ふおぉー。」
舌足らずな声を出し俺を見上げる目はまだ眠そうだ。
「昨日のこと覚えてる?」
「…覚えてマス。」
彼女はそう言って途端に恥ずかしくなったのか顔をシーツに埋めた。
その仕草も愛らしい。
つんつんと指でつつくともぞもぞと動いて目だけシーツから出す。
「なに?照れてるわけ??」
コクリ。
「ぶっ。別に照れる必要ないから出てこいよ。」
もぞもぞもぞ。
顔を出すとそのまま俺にギュッと抱きついてくる。
シーツの中は2人とも何も身に着けていないから素肌が触れ合って気持ちがいい。
そんな事を思うのも初めて。
「お、おはようデス。」
「おはよ。よく眠れた?」
「ハイ。ぐっすりデシタ。」
「そりゃよかった。」
笑うとニコリと笑い返してくれる。
その笑顔にまた釘付けになってそのまま頬にキスを落とした。
「ふぉ??」
「変な声。」
唇を塞ぐ。
柔らかく甘いキスを堪能して離すと顔を真っ赤にした彼女。
「のだめのこと、彼女にしてくれますか?」
「今更聞くのか??」
「だってー。」
「いいよ。そのかわり俺以外に笑いかけるの禁止な。」
「えー!!なんでデスカ??」
ころころと変わる表情。
それに自然と笑みが浮かぶ。
ああ、彼女になら振り回されてもいい。
そう思ってしまった。
恋なんて面倒。
だけどもしかするとその面倒さが楽しいのかもしれない。
それはまだわからないけれど、彼女とならその面倒ごとも楽しくなる気がする。
end