のだめお誕生日ssでした☆
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パリから離れたホテルでの夜。
実際明日の夕方にはここを出て少し時間はかかるけど電車でパリに戻ることにな
っている。

パリに着くのは明後日の早朝。

戻るって伝えとこうか?

仕事中はなかなか思い出さないけどこうやって夜や朝なんかには必ず思い出す愛
しい存在。
たぶん向こうも忙しくしているだろうけど帰ることくらい伝えときたい。
もし明後日暇なら一緒に過ごしたいし…。
そう思い、携帯電話を手にしたところで実にタイミングよく着信を知らせる音が
なり響いた。
それはのだめが勝手に登録したぷりゴロ太のテーマソング。

今まさにかけようとしていた人物からの電話にちょっと運命とか感じて頬が緩ん
だ。

時間は深夜12時を少し過ぎた頃。
あいつが電話、しかもこんな時間にしてくることは珍しい。
俺はすぐに電話に出る。

「アロー?」
『あ、センパイ?』
「ああ。」
『もしかして寝ちゃってマシタ?』
「いや、起きてた。さっき戻ってきたとこだし。」
『そーなんデスカ?お仕事ごくろーさまデス。』
「うん。」

ああ、俺って実は単純な人間なのかも?
ただ声を聞けただけで、その声が労ってけれただけでなんだか疲れなんてなくな
ってしまった気になる。

『センパイ?』
「ん?あ、そう言えばどうした?」
『…なんでもないデース。ただ急に声が聞きたくなっちゃったンデスヨ。』
「バーカ。…明後日そっちに戻るから。あ、もう明日か…」
俺が声を聞きたいと思っているようにのだめも思ってくれていることがかなり嬉
しい。
今の俺はかなり締まりのない顔をしているハズ。
『明日デスカ?』
「うん。おまえ、明日も学校?」
『あ、ハイ。でも明日はお昼までなんデス。』
「じゃあ、おまえの家に戻るから夜は一緒に居よう。」
『えへへ、ウレシーデス。楽しみにしてマスネ。』
「うん。」

それから少し話して遅いからと後ろ髪引かれつつ電話を切った。

明日を楽しみに今日を乗りきろう。

そう思い、俺もベッドの上で瞼を閉じた。

この時気づいていればと後悔する時が来るなんて知らずに。

 

朝から昨日の公演の後処理や挨拶など簡単な仕事の話をし、そろそろ電車の時間もある
からと椅子を立った時、ふと壁にかけられていたカレンダーに目がいった。
カレンダー自体はなんのへんてつもないもの。
だけど何故か気になって目が離せなくなった。

「チアキ?」
「あ、いや。…今日は何日でした?」
「何言ってんだい。昨日の公演が9日なんだから今日は10日。9月10日だよ
。」
事務所の気さくな男が笑いながら言う言葉に俺は一瞬で背筋が凍った。

9月10日。

そうだ。
なんで忘れてた!?

今日はあいつの誕生日だ。昨日の電話でも何も言っていなかったけれど。
それでも確に過去に聞いたことがある日は今日に違いない。

なんであいつはいつも肝心なことは言わないんだよ。
悪いのは俺だってわかっている。
あいつはいつもくだらないワガママは泣き落とし使ってでも通すくせに肝心なワ
ガママは言わない。
いや、言えない。

言えなくさせているのは間違いなく俺だけど。

適当に挨拶をして慌てて事務所を出る。
今からなら飛行機を使えば今日中に帰りつけるはずた。

事務所から出てすぐに見つけた電話ボックスに入ると飛行機のチケットを取るべ
くダイヤルを回す。

とれたのは今日の最終便。どうせ怖い思いをするなら早い便に乗りたかったけれ
ど生憎どの便も満席でようやくとれたのがそれだった。
とれただけよしとしよう。これで今日中にはあいつな元に帰れるのだから。

普段いろんな事を我慢させていると思う。
だから誕生日くらい、自分の恐怖を後回しにしたってあいつを喜ばせてやりたい

一緒に居たいとお互い思っていると思うから。
俺が居るだけで本当にあいつが嬉しいかなんてわからないけど、少なくとも俺は
嬉しいし一緒にいたい。

だからあいつが生まれた日に一緒に居たいんだ。
俺は何があっても帰る。

とりあえず飛行機まで時間があるからプレゼントをと店を回る。
だけど今まであまりプレゼントなんてしたことがないからなかなか決まらない。
飛行機の時間ギリギリまで迷ってようやくプレゼントを選ぶと空港に慌てて向か
った。

滑り込みセーフで機内に乗り込む。
いつもならもう震えが止まらないけれど今日の俺はあいつに早く会いたいと心が
急いているからかいつもよりはマシなフライトだった。
数時間のフライトで少し揺れる体を引きずり空港を出ると外はもう暗闇に包まれ
ていた。

時刻は9時半。ここからのだめのアパルトマンまで1時間ほど。
タクシーをひろって帰ればなんとか今日中に着くことが出来る。
ホッと息を吐いてタクシー乗り場へと向かう。

タクシー乗り場まで着くとそこで俺は思わずスーツケースを落としてしまった。
何故かと言うと目の前のタクシー乗り場は長蛇の列。
まともに待ったら何時間後になるかわからないほどの人が並んでいた。

「なんだこれ?」
呆然と立ちすくんで見回す。
「ああ、知らなかったのかい?地下鉄がストなんだよ。」
後ろからきた男がそう言って通り過ぎていくのを呆然と見送った。

スト!?

地下鉄のストで交通機関か麻痺しているのだろう。
バスやタクシーは全然足らない状態らしい。

腕時計に視線を落とす。

時間はあまりない。

ここまで来たのに帰れないなんて。
あいつの側に行けないなんて冗談じゃない。

どうにか辿り着く方法はないかと思案していると急に携帯電話が鳴り出した。

のだめか!!??

慌てて開くといつも迷惑をかけられているテオから。
予想していた人物からではない落胆とまたどうせ面倒ごとを押し付けられると思い無視しようと思ったがフト手の中の携帯電話を見つめた。

テオは車持ってたよな。

いつも面倒をかけられるんだからたまに使ってやったってバチは当たらないだろ?
というより今日は手段を選んでいられない。

いまだ鳴り続けていた電話の通話ボタンを慌てて押した。

偶然にもテオは空港近くを車で走っていてすぐに合流することが出来た。
テオには用事は明後日以降聞いてやるからと丸め込み車をのだめのアパルトマンへと走らせた。

だけどここでもストの影響が出ているのか渋滞が続く。

最悪だ。

俺がイライラしているのが伝わるらしくテオは黙っているが泣きそうな顔になっている。

時刻は10時半。
いつの間にか1時間も経ってしまっている。

車の外の渋滞は途切れそうにもない。

俺はとりあえずプレゼントの小さな箱と携帯電話と財布だけ持つとちっとも動かない車のドアを開けた。

「テオ、悪いけどあとで荷物届けてくれ。走ってく。」

「ええっ、チアキっ。」

何事か叫ぶテオの声が背中に聞こえたが振り返ってやる余裕はない。

とにかく今日中にあいつの元にたどり着かないと。

俺の頭にあったのはそれだけ。

そしてあいつの笑顔だけ。

道路にびっしりと並んだ車の間をすり抜けて歩道までくるとそのまま走り出す。
革靴は走りにくい。
それでもただ足を動かす。

けっこうテオの車は進んでいたらしくなんとかなりそうな距離まで来ていたのが救いだ。

走りながら時計を見る。

時刻は11時45分。

まだもう少し距離がある。

間に合う?

間に合わせてみせる!

かなり疲れていたけれど足を懸命に動かして先へ先へ、あいつの元へと気力で動かす。

手に握っていたプレゼントの箱が少し歪む。
だけどそんなことも気にしていられない。

早く早く。

走って、走って。
アパルトマンの門を開けるのももどかしく、階段を一気に駆け上がる。

時刻は11時59分。

俺は勢いよく愛しいあいつの居る部屋のドアを開けた。

「のだめ!」

部屋に入るなり怒鳴る。
実際は息切れで大した声は出ていなかったけど。
それでものだめはすぐに奥の部屋から出てきた。

「真一君!?ど、したんデスカ??」

「誕生日、おめでとう。」

ビックリした顔のまま俺を見つめていたのだめを抱きしめた。

奥の部屋の時計が12時を告げる音を鳴らす。

「はぁっ、間に合った。」

ギュッと抱きしめた。

「…もしかしてこのために戻ってきてくれたンデスカ?」
「…うん。」
恐る恐る聞くのだめの声に小さく返事を返す。

しばらく抱き合って何も言わないのだめに顔を覗き込むとギョッとした。
「おまえっ、何泣いてんだよっ!?」

「だってー!うれしーんデスーっ!!」
ひーんと色気のない声を出してしがみつきながら泣く女。

それを愛しいと思う。

泣き顔が見たかった訳じゃない。
俺はおまえの笑顔が見たかったんだよ。

「嬉しかったら笑えよ。」

「ふえ?」

「笑って。」

俺のその一言にのだめは笑う。

今までで一番の笑顔で。

それは今までの苦労なんて吹き飛ぶほどで。
俺の宝物。

箱がつぶれてしまったプレゼント。
だけど彼女は俺が居てくれて嬉しいと笑ってくれる。

これから一緒に誕生日を過ごせない時もあるかもしれない。
その分できる限りそばに居て君を愛すよ。

だから君もずっと俺の傍に居て。

抱きしめて口付けを交わして甘く囁きあう。

それが一番の。

 

end