「ふおおー!!」
箱を開けた途端に盛大な奇声が発せられる。
コーヒーを持っていくとのだめはケーキを出してそれに突っ込みそうなほど顔を近づけている。
「食う前に顔突っ込むぞ。」
「だってーすごいおいしそうデスヨ!!」
「はいはい。よかったな。」
ケーキから顔を離さないのだめを放っておいて皿とフォークとケーキを切るためのナイフを持ってくる。
「ほら、切るからどけ。」
そう言って箱に手を伸ばした瞬間。
「ダメデス!!」
「は?」
急に立ち上がって叫んだのだめに目が点になる。
のだめを見ると握りこぶしを作って俺を見上げていた。
「ダメデス!このケーキはこのまま食べるンデスヨ!!じゃないと意味がナインデス!!」
「はぁ??」
頭に疑問符だらけの俺を無視してのだめは大きな皿を持ってくるとそれに慎重にケーキをまるごと乗せた。
「先輩はそっちから、のだめがこっちから食べるんデスヨ。」
そして手にフォークを握らされる。
ポカンと立ち尽くす俺を強引に椅子に座らせ、のだめは自分も座るとイタダキマースと元気良く言い、ケーキにフォークを突き刺した。
「早く、先輩も食べてクダサイ!!」
「あ、ああ。」
有無を言わせないのだめに何がなんだかわからないまま柔らかいシフォンケーキにフォークを突き刺した。
そして少し削り取ったケーキを口に運ぶ。
それをのだめはジーっと見て俺が飲み込むと今日一番の笑顔を浮かべて自分もケーキを口に入れた。
「うきゃー!!おいしー!!」
叫ぶのだめを見ながら、俺も素直にうまいなと思う。
クリームはたっぷりだがそれほど甘くなく、生地もしっとりしていておいしい。
つい一口、二口と口に運んでいるといつの間にか2人で綺麗に平らげてしまった。
「のだめ、幸せデス。」
ほわんと笑うのだめに俺もなんだかそんな気分になってくる。
食べ終わった皿やフォークを片付けるのももどかしく、そのままのだめを連れてソファーでキスをした。
イチゴクリームの味がする甘い、甘いキス。
それに俺ものだめも完全に酔ってしまう。
いつの間にか抱き合い、ベッドに倒れこんで久しぶりに時間をかけて全身で愛し合った。
こんなに幸せな気分になれるなら恥かしさを我慢してケーキを買ったかいがあったなとベッドの中でのだめを愛しながらそっと笑った。
「おはよう。」
「あ、千秋君…。」
のだめと久しぶりにゆっくりと過ごした次の日。
学校があるのだめを送ってリハに来ると黒木君が微妙な顔を浮かべて俺を見た。
いや、黒木君だけじゃない。
その後も会う人、会う人がニヤけた顔で挨拶してきたり、肩を叩いてきたりする。
その含みを持たせた態度になんだか嫌な予感がする。
練習場に入るとその場にいた全員が一斉に俺を見て、次の瞬間には顔を見合わせて笑っている。
なんだ??
俺、なんかおかしいところでもあんのか??
なんだか不安になってきて、ダンスのレッスン用に備え付けられている大きな鏡を覗いたが特に変なところもない。
気持ち悪いな、おい…。
「おはよー!チアキ!!」
あれやこれやと考えているとテオが楽譜を抱えて入ってきた。
「ああ。」
「なんか疲れてる??昨日は奥さんとゆっくり過したんでしょ?あ、あのケーキおいしかった??」
なんでのだめと過したのを知ってるんだ??
っていうかケーキの事まで??
「なんで知って?」
「昨日あのケーキ屋さんでチアキがケーキ買ってたってホルンの子が言ってたから、奥さんと食べたんでしょ??だから一緒に過ごしたんだと思って。」
何事もないかのように言うテオにそうかと納得するが、だけどケーキを買ったからといってなんでのだめと食べたなんて思うんだ??
まぁ普通恋人と思うのかもしれないが…。
「なんでのだめと食べたって…。」
その言葉にテオは首を傾げる。
「だって恋人なんでしょ??あそこのケーキは、大好きな人と食べたらその人と一生一緒にいれるっていう…。」
「はぁ!?」
テオの言葉に思わず叫ぶ。
そんなのしらねーぞ!!
だけど思いあたる節はある。
なによりのだめは俺と一緒に食べたがっていたし、昨日の妙な食べ方だって…。
きっとのだめは知っていたのだ。
…のだめは俺も知ってて買ってきたと思ってるかもしれないが…。
知ってたら絶対に買わねーよっ!
「カップルにすごい人気だからなかなか買えないんだよー!いやーチアキってお固いけどやっぱり恋人には甘いんだねー。」
あんなケーキ並んで買うなんてと笑うテオを前に俺は顔が強張る。
だからあんなにカップルだらけだったのか!?
今更ながらに顔が青くなる。
最悪だ。
…だからみんなが俺をあんなにニヤけた顔で見てるのか…。
理由はわかったけど知りたくなかった…。
その日一日中団員にはからかわれるし、最悪な日だった。
もう絶対あのケーキは買わない。
そう心に誓う。
だけど一度は食べたんだからご利益はあるよな…。
end