久々に何の予定もない午後。
アパルトマンを出てからなかなかすぐ会えない恋人に会いに行こうと思うのは自然な事で、俺は愛車で三善のアパルトマンへと向かっていた。

今日のだめは学校。
まだ部屋には戻っていないだろう。
久々だし旨いものでも作ってやるかと市場で車を止めた。

のだめの好きなものを作ってやろうと食材をどっさりと買い込んで車に戻る途中ふと目に入った店の前で足を止めた。

『あそこのケーキ!すごく人気でいつ買いに行っても売り切れなんデス!!はぅー先輩と食べたいなー。』
前にここを2人で通った時ものすごく切ない顔でそう言ったのだめの顔を思い出す。

結局その時も売り切れで買えなかったのだけど、店を遠めに覗けば相変わらず店内には人がたくさんいるようだが、まだ売り切れてはいないようだった。

まぁ、最近どこにも連れて行ってやったり出来てないから買って行ってやろうか。
そう思いつき、止めていた足を店へと向けた。

店の中は女かカップルだけで少し居心地が悪い。
売られているケーキは一種だけでみんなそれを並んで買っている。
とりあえず男一人と言う事でチラリと視線を感じたが、気づかないフリをして最後尾に並ぶ。

って言うかなんでこんなに居心地悪いんだ??

チラリと顔を上げると前に並んでいたカップルの男と目が合い親指を立てられる。
なんだかわからないまま曖昧な笑みを浮かべると男は満足したように頷き、横にいた恋人を抱き寄せた。

おい、なんだ??
わけがわからないが、とりあえず並んでいるカップルはみんな一様にいちゃつき店の中だというにキスまでしている者もいる。
それを見ないように顔を背け、店に入った事を後悔し始めた。
こんな事なら他のケーキ屋にすればよかった。
居心地が悪い事この上ない時間を過ごし、ようやく順番がくる。

売られていたのはイチゴのシフォンケーキで、たっぷりとイチゴクリームが塗られた上にイチゴが飾られていた。
いかにも女が好きそうな甘そうなケーキ。
大きさはちょうど2人で食べれそうな大きさでそれをひとつ買うとプレゼントだと言わなくてもピンク色のかわいらしいラッピングに包まれた箱を渡された。

まぁ、男が1人で食べるようなケーキじゃないから気を使ってくれたのかもしれない。
そう納得して箱を抱えると店を出た。

三善のアパルトマンに行き、のだめの部屋に入ると想像どうりの散らかりように少しため息をついて軽く片づけをした。
洗濯物を洗濯機に突っ込み、本やノートを重ねて机の端に寄せる。
それなりに片付いたところで料理を始めると少しして玄関のドアが開いた。

予想より早かったな…。
なんて思いながら鍋をかき混ぜているとバタバタと走ってくる音が聞こえた。

「ムキャー!先輩っ??」
奇声に振り返ると少し顔を赤くしたのだめが部屋に入って来たところだった。
のだめは俺の顔を見ると嬉しそうに顔を綻ばせてそのまま突っ込んでくる。

「うきゃー!」
ドンと抱きついてくる体を受け止めて背中に腕を回す。
すんすんと匂いを嗅がれてそれを止める事もせずに柔らかい髪を撫でた。
こんな時俺は変ったなぁと思う。
前だったら怒鳴って突き飛ばしていたのに、今では抱きしめて好きなだけ匂いも嗅がせてやってるんだから。

「むふっ。充電デス。」
「ばーか。」
「だって久々なんデスヨ。…そう言えば先輩、今日どうしたんデスカ??来るって言ってマシタ??」
のだめはギュウッと俺に抱きついたまま顔を上げる。
その大きな瞳にドキリと胸が高鳴って、俺の腕にも少し力が入った。

「時間空いたから…、顔見にきた。」
「うふ。ウレシーデス。」
「うん。」

俺もお前の顔見れて嬉しい。

軽くキスをして顔を見合わせ笑い合う。
それだけで少し疲れていたのも吹っ飛んでただふわふわとした幸せが体を包む。

「…もうすぐメシ出来るからそれまでピアノ弾いてて。」
「ハイ!」

元気よく返事をするとのだめは俺の腕から抜け出してピアノへと走っていく。
その後姿を緩んだ顔で見送って料理の続きを再開した。

 

久しぶりに張り切った料理をのだめは奇声を発しながら次々に平らげていく。
かなり多めに作った筈なのに次々に空になっていく皿に少々呆れる。
まぁ、嬉しいんだけど。

「デザートあるからちょっと控えろよ。」
ケーキの事を思い出して言うとのだめは口に運んでいたフォークをピタリと止めた。
「ふぉ?デザートもあるんデスカ??」
「うん。だから腹八分目で止めとけよ。」
のだめは持っていたフォークを口に運び、もぐもぐと食べる。
「…んっ大丈夫デス。デザートは別腹デスカラ。」
そう言ってニコリと笑った。

「ったく、腹壊すなよ。」
「大丈夫デース。」

幸せそうにハグハグと食べ続ける顔に目を細める。
最近本当に忙しくてこんな顔も見れていなかったなと思う。

やっぱり出来るだけ顔は見に来るべきだな…。

幸せそうにメシを食べるのを眺めているとのだめはその間に皿に盛られていた料理を綺麗に平らげて満足そうにお腹を撫でた。

「むはー。おいしかったデス。」
「そりゃ、よかったな。」
「はいー。」
嬉しそうなのだめの顔に笑い、食器を片付けるために立ち上がった。
片づけを始めるとのだめも立ち上がり俺の周りをチョロチョロと動き回る。
「コラ、邪魔。」
「久しぶりだから傍にいたいんデス!」
むうっと頬を膨らまされてそう言われると無下にも出来なくてしょうがないなと小さく息を吐いた。
「じゃあ、コーヒー入れて。片付け済んだらデザート出してやるから。」
「むは!了解デース。」
ピョンと飛び跳ねてのだめは一目散にコーヒーメーカーまで走っていく。
さっきあれほど食べたくせにデザートはやはり別腹らしい。

さっさと片づけを終らせて買ってきたケーキの箱を出す。
するとのだめは奇声を出して机まで走ってくる。

「むっきゃー!!それ、あのお店のケーキじゃないデスカ!!?」

今にもよだれを垂らさんばかりの勢いで箱を見つめる顔に思わず苦笑してしまう。
「コラ、コーヒーは?」
「うっ、は、はい!!」
「ぶっ。」
あまりに間抜けな顔に噴出してしまう。
そして箱を見つめるのだめの頭をポンと叩いた。

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