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「先生好きデス。お嫁さんにしてクダサイ!」
毎朝ほぼ遅刻寸前の時間、のだめは校門に立って遅刻者チェックをしている一人の先生にそう言うのデス。
入学からまるまる3年間続けたそれはある意味学校の名物らしく、騒がれることもなければ一部の先生からはがんばれよと応援されることもあるくらい。
今日も元気よくそう言うと、先生は嫌そうな顔をして手に持っていたファイルでのだめの頭をゴスっと叩いた。
「アホか。さっさと教室行け!今日遅刻だったら今月の遅刻回数10回だぞ。校長室掃除したいのか?」
「ぎゃぼ!?イヤデスー!!」
「ほら、走れ。」
バシンと今度は背中をファイルで叩かれる。
こんなのも日常の事でのだめは全然驚きマセンヨ。
だけど無駄に広い校長室の罰掃除は絶対にイヤなので慌てて走り出すと走りながら叫ぶ。
「千秋せんせー!今日も愛してマース!!」
「さっさと行けーっ!!」
背中にぶつけられる怒鳴り声に頬を緩めつつ校舎に向かって全力で走った。
「ギリギリセーフデス!」
教室に滑り込むとみんなが一斉にこっちを見て笑う。
「のだめ、今日も熱烈な告白だったわねー。」
「ほんと、毎日あきないわねー。」
「きー!のだめ!!殺してやるわ!!」
レイナちゃん、マキちゃん、真澄ちゃんの順で声をかけられ、その後真澄ちゃんに首を絞められた。
のだめがフォーりんらぶな千秋真一先生は化学の先生で、黒のフレーム眼鏡が超絶似合うイケメン。
背もスラリと高くてとても女生徒はもちろん女の先生や、生徒のお母さんにも絶大な人気を誇っている。
男の子だけど乙女な真澄ちゃんも千秋先生ラブでいつものだめと競ってマス。
「は!いけないっ!!今日は一時間目から千秋先生の授業だわ!!予習、復習しなきゃ!!」
急に真澄ちゃんは思い出したらしく締め上げていたのだめを落とすとさっさと席に戻っていってしまった。
「真澄ちゃんヒドイデスー!」
「ふんっ!あんたなんか構ってる暇はないのよ!!って言うか、あんた宿題してきたわけ!!?」
「ぎゃぼ!!やってマセン!!真澄ちゃん見せてーー!!」
「ふん!やなこった!!」
すっかり忘れていた宿題に真澄ちゃんにすがりつくも弾き飛ばされた。
「ますみちゃーん!」
それでも諦めず縋り付くと真澄ちゃんは仕方ないわねって見せてくれるんデスヨ。
いつものだめの事いじめるのにこういう時は優しいんデスヨネー。
真澄ちゃんの席に広げられたノートを必死で写しているとバコンとまた頭を叩かれた。
…今日は良く叩かれる日デス。
「ぎゃひっ!」
小さく叫んで頭を抑えながら振り返るとそこにいたのは…。
「ち、千秋先生っ!」
目の前の真澄ちゃんが白目剥いてマス。
「痛いデス。」
「言うことはそれだけか?」
鬼のように眉間にしわを寄せてのだめを睨む千秋先生。
眼鏡のフレームの向こうの目は細められてマスネ。
「えとー、まだ本鈴には早いデスヨ…。」
顔色を伺いながらそう言ったら、また分厚いファイルが頭の上に落ちてきた。
「ぎゃぼん!」
さっきよりは少し強め。
「次の授業までの特別課題を出すから放課後、化学教官室まで取りに来い。」
「えー!」
「えー!じゃない。わかったな、来なかったら倍だからな!!」
とほほデス。
よりによって写しているとこを先生に見つかるなんて…。
先生は何事も無かったように教卓まで行くとさっさと授業を始めだした。
全然お勉強が出来ないのだめは化学も大の苦手で大好きな千秋先生の授業なのにチンプンカンプン。
でも先生の顔が一時間たっぷり見れるからこの時間は大好きなんですけどね。
放課後部活に行く真澄ちゃんたちと別れて化学教官室がある特別棟へと向かう。
課題は嫌だけど千秋先生に会えるからルンルンでスキップしながら廊下を歩く。
特別棟は放課後でほとんど生徒がいない。
化学教官室のある階には誰もおらず、のだめが弾むように歩く音だけが響く。
化学教官室の前まで来ると数度ドアを叩く、中から大好きな低い声が聞こえてワクワクしながらドアを勢い良く開けた。
「千秋先生!!のだめデス!!」
元気良く大きな声を出して部屋に入ると、特に驚いた様子も無く机に座っていた千秋先生がこちらを見た。
そんなに広くない教官室にはいくつかの机が置かれている。
他の先生は誰もいないようだった。
「早かったな。そんなに課題が楽しみか?」
からかうような声にむうっと頬を膨らませてドアを閉めると部屋の中へと入った。
「ここ座れ。」
先生は横の机の椅子を引き寄せるとのだめを手招きする。
ぽてぽてと歩いてそこまで行くといわれた通りにそこに座った。
整った横顔にほわんと幸せな気分になる。
「ほら、これが課題だ。」
「うひーっ。」
数枚のプリントに顔を顰めると小さく笑われる。
それに恨めしげな視線を向けるとぽんぽんと優しく頭を叩かれた。
「そんなに難しいヤツじゃないから、次までにちゃんとやってくる事。奥山とかに頼るなよ…。わからないんだったら俺に聞きにくること。」
「…先生。」
「ん?」
優しい笑みに頬が赤くなる。
いつも厳しいし授業中に滅多に笑ったりしないけどたまに2人の時に見せてくれる笑顔が大好き。
最初はただかっこいいから騒いでただけだった。
だけどある日見た一瞬の笑顔にのだめはフォーリンラブしちゃったンデス。
「のだめ、化学わかんないデス。」
「…ああ、おまえほんとに赤点ばっかだもんな…。」
先生はちょっと困ったように息を吐く。
「プリントもだからわかんないと思うんデスヨネ…。」
「ったく。…じゃあこれから毎日放課後ここに来い。教えてやるから。」
「ホントデスカ!!?」
先生の言葉に思わず立ち上がると先生は苦笑してのだめを見た。
「そのかわりちゃんと予習復習すること!」
「ハイ!!先生大好きデス!!」
「バカ。」
嬉しくて思わずいつも通り告白すると先生は苦笑した。
だけどその頬が少しだけ赤くなっていた気がするのはのだめの気のせいかな?
それから毎日千秋先生の補習を受けるようになった。
化学教官室は千秋先生以外の先生はあまり使っていないらしくのだめがいる間は一度も他の先生が来ることもなかった。
2人っきりデス。
お勉強っていうのがちょっと残念だけど。
でもまだまだ全然わからないけどちょっとづつ理解してきたのだめを先生は毎日少しだけ嬉しそうな顔で褒めてくれる。
それだけでがんばろうって思えるんデス。
だって大好きな人の笑顔が見れるならなんだって頑張れマスヨ!!
毎日毎日過ごすウキウキドキドキの時間。
なんだか秘密の時間みたいで嬉しい。
「どうだ?結構理解出来て来たんじゃないか?」
「ハイ!!先生のおかげデス!!」
「これで次の試験では赤点を脱出しろよ。」
「う…、ハーイ!!」
ちょっと顔を顰めると途端に笑われる。
こんな顔他の誰もきっと知らない。
のだめだけデスヨネ。
試験で赤点じゃなかったらもっと喜んでくれるかな?
それならのだめ、もっともっとがんばりマス!!
毎日いっぱいお勉強して、ついに迎えた試験当日。
他の教科はまぁ、いつも通りな感じだったけど化学は本当にがんばったからいつもより良く出来た気がする。
先生は喜んでくれるかな?
ウキウキとしてテストが返ってくるのを待った。
待ちに待った答案返却の時間。
名前を呼ばれて取りに行くとほんのかすかに先生が笑ってくれた。
「よくがんばったな。」
小さく小さくそう言ってくれた。
それだけで飛び上がるほど嬉しい。
答案用紙を握り締めて放課後の廊下を走る。
授業中は話せなかったから放課後いっぱい話そうと化学教官室へと急ぐ。
ほんの一言のがんばったなと笑顔を独り占めしたい。
まだ想いが通じて恋人になりたいなんて贅沢は言わないから。
走って走って階段を上って教官室の方へと角を曲がったところで教官室に入っていく人が見えた。
弾んでいた足は止まってしまった。
入っていった人はのだめも顔を知っている人。
英語の多賀谷先生。
美人で頭も良くてその上、この学園の経営者のご令嬢らしい。
千秋先生と反対で男子生徒や男の先生にすごく人気がある人だ。
なんで多賀谷先生が化学教官室から??
同じ先生だから用事があったからかもしれないけど…。
あそこにいけるのはのだめだけだと思っていたから…、そんなわけないケド…。
足音を凝らして教官室の前まで近づく。
ほんの少し開いていたドアからそっと覗く。
中にはいつも通り自分の席に座っている千秋先生といつものだめが座っている椅子に座っている多賀谷先生がいた。
その姿にツキンと胸が痛む。
2人は大人で、すごくお似合いのカップルに見えたから。
自分が惨めになってきた。
のだめはかわいくないし、頭もいつも赤点ギリギリだし、それに子供っぽいし…。
ほんの少しでも先生にとって特別になれるんじゃないかなんて…。
バカみたい。
そんなわけない。
先生は大人で、かっこよくて、頭なんかすごく良くて、多賀谷先生みたいな大人の女の人が傍にいるんだから。
好き好んで生徒なんか好きになったりしないですよね…
研究室の中から多賀谷先生の笑う声が聞こえる。
千秋先生はちょっと照れたように笑っている。
先生の笑顔はのだめだけの特権だと思ってたのにな…。
バカみたいだ。
うんん、バカだ。
そっとドアから離れる。
ゆっくりと背後に一歩一歩と下がる。
手に握り締めてた答案をぐしゃぐしゃになるほど強く握り締めてそのままもと来た道を走った。